ITC埼玉の鶴田さんからご指名いただきました、沖縄支店、三課の曽我と申します。宮崎県出身、入社8ヶ月のまだまだピッチピチの24歳でございます。

突然のご指名に戸惑いを隠せない感じですが精一杯任務をまっとうさせていただきたいと思います。

さて、この徒然リレーブログ。私自身何を書けばいいのか、3日間くらい夜も眠れない日々をすごしました。特に、2日目なんて夢に出てきました。完全にフィクションなのですが、特に趣味もない人間の私にとってこれだけ難しい課題は初めてのように感じます。そのように悩んだ結果、大学時代に一度だけ行った、音楽の野外イベントのことについて書きたいと思います。

 

あれは、大学2年の夏のことでした。当時、だらだらといまどきの大学生をしていた私に、一本の電話が鳴りました。

友人A 「あ、もしもし僕だけど・・・。」

流暢な標準語で話す友人A。彼は宮崎県出身で大学進学の際上京した人間です。

友人A 「今度夏に茨城県ひたちなか市でFesがあるから一緒に行こうぜ!」

ひたちなかFes?いやいやなにそれ?それどこ?

多くの疑問点を残しながら彼は電話を切りました。しかし。私は思いました。

 

「このまま、だらだらとすごして、今どきのゆとり教育の申し子的大学生活を送るのもいいかもしれない。しかし、なにか大学生らしいことをしてもいいんじゃないか。」そう考えた私は、即座にインターネットを開き、フェスのチケットの応募するところを、トリプルクリックぐらいしていました。そのトリプルクリックが功を奏したかどうかはわかりませんが、見事チケットに、

当選!!!!!!!!

大学生の戦争ともいえる、前期テスト期間を無事に?終え一路飛行機で、羽田空港に向かいました。その友人Aとその友人Bが羽田でお出迎え。その後友人たちと歌舞伎町に飲みに行きました。

 

さすが新宿歌舞伎町・・・・。店員が全員刺青をしてました。タトゥーじゃないです。刺青です。

 

そんなこんなありまして次の日、私たち三人は

ROCK IN JAPAN FES.2006

の会場へ向かいました。

 

会場は国立ひたちなか海浜公園

  

自然あふれるすばらしいらしい場所でした。肝心のライブはというと・・・

日本を代表するROCKなアーティストが勢ぞろいしていました。たしかに、すばらしい!かっこよすぎて、なんか号泣しまくりのライブでした。

 

そんな中で、別の種類の号泣をしてしまったアーティストがいます。みなさん、Coccoというアーティストをご存知でしょうか。

こんな人です。

なんというか自然と泣けるそんな声を持ってる人なんだと思いました。

そんなこんなで時間は流れ・・・・。

 

3日間行ったFesもいよいよ大トリの時を迎えました。

日本のロックの生きる伝説・・・

 

矢沢永吉でした!

 

ものすごく図太い声の歓声が上がり、矢沢永吉のそっくりさんがバイクでステージ前に登場。ファンがその光景に注目しているうちに、ステージ上にはすでに

矢沢永吉・・・・・。

完璧な演出でした。

 

この人こそ、ロックのために生まれてロックのために死ぬ人なんだなってつくづく思いました。

このフェスでみたアーティストは皆さんROCKな生き方をされてる方々だとおもいます。ですが、一般のサラリーマンがROCKな生き方ができないかといったらそうではないと私は思います。

私の中でROCKとは

「信念をもって何かに取り組むこと」

なのではないかという風にこの経験を通して思ったからです。

 

このブログをごらんになっている皆様、   ROCKしていますか???

こんな老け顔の新入社員の書く文章を最後までご覧になっていただきありがとうございました。

次は、北九州支店の我らが兄貴!大石さんにバトンタッチしたいと思います。宜しくお願い致します。

 

 

ご指名頂きました東関東支店 鶴田です。

何について書こうか色々と考えたところ、11月に参加した『あげおシティーマラソン』について、書き述べていこうかなと思います。

せっかくですので、まずは簡単な自己紹介をさせて頂きます。

本名 鶴田 誠也 (30) 魚座 

        未年 の O型 いまだ独身。

佐賀県で産声を上げ、父の仕事の都合で、福岡県へ転居。幼児時代を福岡県二日市市で過ごし、小学1年生の頃に北九州市の小倉北区へと移り住みました。いとうず遊園地は最高でしたが治安も悪く、ヤンキーも多かったですね。

更に、小学校卒業とともに福岡市南区にまた転居。人見知りボーイだった自分にとっては、会社の都合とはいえ、転入は正直辛かったです。寂しさを埋めるように中学時代よりバスケ部に所属し高校、大学、社会人までどうにか続けてきました。(あきらめたらそこで試合終了ですよ…タプタプ)ですので、バスケが上手い下手は別として、体力には幾分自信を持っておりました。そうあの日までは…

今年の『あげおシティーマラソン(ハーフ)』は同じ事務所の仲間4名で参加する事は決めていました。大会当日までに3㌔を2~3本、10㌔を1本走るくらいで準備としては不充分でしたが、ま~いけるでしょ!と楽観的でした。

さて、いよいよ本番当日を迎え健闘を讃えてのワンショットです ↓

スタートラインに立つと、

『若いモンにはまだ負けん』とプリントされたTシャツのご老人や、OO軒と書いた調理着の男性、OLらしき綺麗な女性、部活動の一環で参加しているであろうジャージの若人、住職らしき人、ゴレンジャー、ともだち(20世紀少年)などなど参加されている方も様々で見ているだけでも楽しかったです。

(↓↓分かりづらいですが、ともだち2人を発見。)

それからしばらくするとスタートの合図が鳴り、一斉に走り出しました。

↑これは後輩の我妻選手が撮ってくれた1枚で、スタート直後の先頭集団です。

やはりすごい躍動感ありますよね(^^)ナイスショット!

 

肝心の自分はというと、スタートから折り返し地点までが50分足らずとまずまずのペースで走っていたのですが…13㌔を超えたあたりに魔物が住んでいました。

両足のふくらはぎから太ももまでを、その魔物に噛み付かれ…両足が攣ってしまいました(πДπ)

これが攣る直前に撮られた写真です。

それから先は腹減るわ、ノド渇くわで、結局、結果は散々たるものでした。(2時間08分)

因みに、ハーフ男子の部での1位は誰かというと

早稲田大学 平賀 翔太 選手 (1時間03分)

だそうで、驚かされるばかりです^^;

ハーフマラソンに参加したのは始めてでしたが、やはりしっかりと体調を整えて準備をしておく必要を感じました。来年は記録更新するべくリベンジをしたいと思います!

では、次回は沖縄営業所の曽我君、宜しくお願いします。

ご指名いただきました本社の江島です。では、近況などを書き綴って参りたいと思います。

私、喫煙歴20年の愛煙家でしたが、1年ほど前から禁煙をはじめました。最初はつらかったのですが、なんとか続けることができ健康的な体が戻ってきたように感じていました。ところが、禁煙前より体重が10kg近くも増量し、今年の健康診断では、「脂肪肝」と診断され、またまた不健康なナイスバディに逆戻りしたのです。

診察をした先生も笑いながら「食べ過ぎたら駄目だよ。ははは。」なんて言われてしまいました。食事量はそんなに変わっていないと思っていたのに、なぜなのか考えていたのですが、どうやら禁煙すると栄養を吸収する能力が上がるのだそうで、これまでどおりの食事でも太ってしまうようなのです。

昨年は、腎臓・尿管結石の除去手術で入院を繰り返し、健康であることのありがたさが骨身にしみていたところでしたので、健康のためにもダイエットを行い再び健康的な体を取り戻すべく、それからは、なるだけ毎日通勤途中でウォーキングを行うようにしました。

ご存知のとおりウォーキングは、ゆっくり時間をかけながら、体内に酸素を取り入れる「有酸素運動」で体調にあわせた目標を定め、楽しみながらマイペースで持続できることが、なんといっても魅力。習慣になれば、生命維持装置ともいえる心肺機能や脳をはじめ、内臓、筋肉を鍛錬し向上させることができます。

また、ウォーキングを始めてみると、普段では気が付くことのない日々の背景の変化や、何気なく見過ごしている季節の移ろいの変化を感じるようになってきます。いつでも、簡単にはじめられるのでお勧めです。

またそれとは違った運動として最近はまっているのが自転車です。週末になると朝子供たちが起き出す前にポタリング(ポタリング:potteringとは、自転車でぶらつくことの意)に出かけています。自転車も、ひざに負担をかけることなく有酸素運動を行うことができます。自宅のそばに海があるので、よく海岸沿いのポタリングに行きますが、晴れた日は本当に気持ちよいです。

あと、長崎の観光名所なんかも、楽しいですね。まだまだ行っていないところはたくさんあるので、これから観光地めぐりもやって行こうかと思います。長崎は坂が多いという理由からか自転車に乗っている人は少ないようですが、逆に坂好きなヒルクライマーだったら長崎は楽しくてしょうがないかもしれませんね(笑)。

それでは 次は、東関東支店 鶴田君に リレーをつなぎたいと思います。 よろしくお願いします。

「徒然なるままに・・・」をご指名いただきました熊本支店 加藤です。

この機会に、何十年ぶりに「徒然なるままに・・・」を見てみました。

 

つれづれなるままに日くらし硯にむかひて

心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく

書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

意味は皆さん自分で調べてください。

 

小さい頃から性格的に作文や図工の絵とかを行うときに、いつも題材が思いつかず取り掛かるまで時間が要するタイプです。原稿の依頼を受けて締め切りまで相変わらず題材を何にするか決まらない。

ぎりぎりで取り掛かった題材は

日本シリーズ「読売ジャイアンツ 日本一」にあやかり、

プロ野球観戦!!!!

 

プロ野球観戦が趣味か言うと違うが、とにかく見ることが好きです。野球に関して興味のない方にはまったく「徒然なるままに・・・」と思います。

今年は忙しく、あまり観戦に行くことも、テレビを見ることも非常に少なかったことが非常に残念ですが、3月に宮崎にジャイアンツのキャンプと6月にヤフードームで行われた交流戦ジャイアンツVSホークス戦の観戦に留まりました。

【選手の写真もありますが、あえてジャビット】

【ヤフードームにて】

 

小学生の頃、父の仕事関係で延岡に住んでおり、ジャイアンツキャンプを見学に行きました。当時、寒い日はグランドの中でドラム缶に焚き火をしており、練習で折れたバットをそのドラム缶に入れて燃やしていました。どうしてか覚えていませんがその折れたバットを貰い(誰のかも覚えておらず、今はどこにあるか?分かりません)。それをきっかけにジャイアンツファンとなっています。

我が家、4人家族 (妻・長男・長女)。

私と長男はジャイアンツ・妻はタイガース・長女はヤクルトと家族戦争がプロ野球観戦で勃発いたします。特にジャイアンツVSタイガースのTV観戦では本当に試合と同様に1イニングごとに家庭内の攻防戦が繰り広げられます。当然、ここ3年間は通常の家庭の状況とは違い、私が優位な立場で進んでいるうれしい状況です。この状況が毎年続きますように!

【ジャイアンツ応援グッズ】

【妻、唯一の記念品 2005年タイガース優勝時】

年末が近づき、今年の重大ニュースがこれから多く報道されますが今年は必ず、春先に行われたWBC(ワールドベースボールクラシック)の2連覇が必ず入ってくると思っています。決勝戦はかなりの方が興奮を覚えたことと思います。私も福岡営業本部で会議に参加しておりましたが、会議の昼休みが異様に長かった事を思い出します。(社長すみません)

2006年の第一回WBCの時には、ヤフードームで行われた練習試合 日本代表VS千葉ロッテ戦

 

【写りは悪いですが】

初めて生イチローを見ました。たぶん、イチローが日本で真剣にプレーする姿はあまり見られないと思います。良い経験をしました。やはり、雰囲気やオーラを感じながら観戦しました。

【小さくて申し訳ありませんが、一応イチロー選手】

 

第1回WBC優勝の後、知人に紹介いただき当時の日本代表王監督にサインをいただきました。

今年もシーズンが終わり、来春まで真剣勝負はしばらくお目にかかれませんが、時間を見つけてどこかに観戦に行きたいと思います。

次は 本社の江島さんです。

大分支店児玉支店長より御指名を頂きました、宮崎支店の堤です。

自分には皆さんの様な人に誇れるような趣味もありませんので自分の生い立ちと共に言葉(方言)について書いてみようと思います。

【山口県】私の生まれは山口県です。といっても生まれてすぐに、父の転勤で北九州に移り、再度転勤にて中学3年の夏から高校の3年半過ごしました。山口県の方言といえば『ぶち』と『えらい』でしょう。ぶちは強調語、えらいは疲れたとかきついの意です。なので、ぶちえらいと言えばとっても疲れた。だるぅ。となるのです。普通えらいは、偉いとか立派だと思っていたのでびっくりでした。あと、本州の人は出る・出ないを曖昧にしません。転校したての中3の秋、友達と自動販売機でジュースを買ったときのことお金を入れたにも関わらずジュースが出てきません。

私「ジュースが出らんよ!」

友人「出らんってなんね。やろっ。」

私「出らんは出らんよ。なにが悪かと!」

友人「お前、5段活用言ってみろ!国語で習ってないとか?」

カッチ~ン。胸ぐらつかみ合いのケンカです。

 

【北九州市】小学校・中学と北九州で過ごしました。野球づけの毎日。ヤンキーが学校の校庭でバイクを乗り回す。短ランに長ラン、裏地には虎や竜の刺繍。ボンタンズボン。そんな時代でした。って言っても自分はビビリでしたのでほんのりボンタン(38cm)位でしたけど・・・。

話しは戻って北九州弁と言えば意外に標準語に近かった印象があります。強いて挙げれば、語尾に『っちゃ』を付けることですかね。

うるせぇっちゃ!」 「そおっちゃ(そうよ)!」 など、うる星やつらのラムちゃんばりの言い回しですよね。

 

【大分県】続きまして入社以降8年間過ごした大分県です。大学のサークル(テニス)の卒業追い出し旅行で訪れた湯布院の展望台。

空気は美味いし景色サイコー。でも、住むには何も無く寂しかねぇ。

などと生意気言っていた2ヵ月後に、その同じ景色を社会人1年生の自分が見ているなんて。その当時の良い思い出です。(大分の方ゴメンナサイ

話しは戻り、大分の方言といえばやはり、「よだきぃ」と語尾に付ける「にぃ」ですね。(後述する宮崎県でもばりばり使います。)よだきぃとは、面倒くさい・大変だの意です。

すげぇ よだきぃにぃ

付き合っていた嫁さん(生粋の大分人です)に気に入られ様とその頃必死に大分弁喋ってましたね。

【嫁さんが描く私の似顔絵】 ~ 子供たちはそっくりと言いますが・・・

 

【宮崎県】転勤を命じられ現在まで・・・もう7年目になります。南国宮崎。気候も暖かいが、言葉も温かいですね。宮崎で特筆すべきは『てげ』と『てげてげ』そして語尾に付く『じゃぁ』だと僕は思います。

    てっげ よだきぃわぁ!

もうお解りでしょうが、すごく大変だ・面倒だとなります。この響きが好きで、にわか宮崎人になった私。ところが『てげてげ』で大失敗。てげ×2なんだから、ものすご~くの意になりそうですが、実は『だらしない大概にしろ!』なんですねぇ。あるお客様の前で、まだ宮崎に来て1年も経たない頃しったかぶりをし、

    てげてげうれしいです

お客様は大爆笑。後で上記の意味だよ。と、丁寧に教えてくださいました。

【因みに宮崎では現在こんな運動やってます】~てげてげ運転追放運動実施中

 

とまあ色々な方言が入り混じっている私です。今度はどこの方言が混ざるかなぁ?

次は大分時代大変お世話になった熊本支店・加藤支店長(パソコン調子良くなりましたか?)へバトンタッチです。宜しくお願いします。