今回ご指名頂きました佐世保支店の本田です。

鈴木さん、転勤早々まさかのご指名ありがとうございます。何を書こうかと過去の『徒然なるままに』を 見ていると、ITI社員にもバイク好き、自転車好きが意外と多いですね。私のまわりにはいないのが残念です。そこで、私も趣味のバイク、自転車についてお 話ししたいと思います。ほとんどの方は全く興味のない話だと思いますが、一部のマニア向けに私の愛車を紹介したいと思います。

まずは、HONDA XLR250R (1989年式)

14 年前に中古で購入。購入当時すでにボロボロでしたが、コツコツいじって今の形になる。当時、大分県のオートポリスサーキットにダートトラックコースが作ら れ、そこでダートトラックレースのシリーズ戦が行われていました。バイクの運転になぜか自信を持っていた私は、速い人達と競争してみたくなり、大学でレー シングチームを作って参戦していました。

ダートトラックレースとは、アメリカ発祥のバイクレースで、楕円形のコース(オーバルトラック)を左回りにグルグルまわるだけの単純なレースです。

ダートトラックレースの一番の特徴は、フロントブレーキがない!!ことです。バイク乗りの方はご存知だと思いますが、フロントブレーキがなければ全く止まれません。そこで、どうやって減速して曲がるかというと、バイクを横にすべらせて(ドリフトして)曲がります!!躊躇してしまうと曲がれずにコースアウトしてしまうので、コツは度胸一発です!ブレーキの無いバイクでの接近戦はかなり怖いですが、日常でこんなスリルを味わうことはまずないので、とても楽しかったです。

2005年にオートポリスがカワサキに買収され、ダートトラックコースが無くなってからは、バイ クに乗る機会もほとんどなくなり、駐輪場に放置されていました。それから約5年後、今年の1月に久々にバイクの状態をチェックしてみると、エンジンは全く かからず、ブレーキは効きっぱなし、フレームはサビサビの酷い状態でした。しかも、誰か知らない人の電話番号が書いてあり、『譲ってください』と書いた貼紙を貼られる始末・・・。あまりにもかわいそうな状態にITIメンテの血が騒ぎ、 (だいぶ遅すぎますが・・・。)オーバーホールを決意透析装置のオーバーホールは、アイティーアイ(佐世保支店)におまかせください!

内容は、Rホイールとメインフレーム交換、エンジンは22年分のカーボン(すす)を落とし、ピス トン交換、シリンダヘッドオーバーホール&ポート研磨、キャブレター、キャリパー&マスターシリンダーのオーバーホールで、約4ヶ月かかり完成。特にエン ジンは今回初めてのオーバーホールで、かなり大変でしたが、完成して無事エンジンがかかった時はすごい達成感でした。今では絶好調です。

次に、My自転車の紹介です。IRONHORSE CHIMPIRA(2005年モデル)

ダウンヒル世界チャンピオンも輩出したアメリカの名門MTBブランド、IRONHORSEが遊び半分で作ったと思われるマウンテンバイク。“YAKUZAシリーズのCHIMPIRA”。あえてカタカナでは書きませんが。。。ちなみに、YAKUZAシリーズ最上級グレードはKUMICHO(27万円!)で、他にSO-HONBUCHOWAKAGASHIRA等 がありました(笑)。ふざけたネーミングのおかげで日本ではほとんど売れず、2年ほどで姿を消した幻のモデルです。一度、トリビアの泉に取り上げられて ちょっとだけ話題になりました。CHIMPIRAっぽくカスタムしてみました。乗ってみて気付きましたが、フレームにYAKUZAとかCHIMPIRAっ て書いてあり、ちょっと恥ずかしいです。あまり乗っていません。

SCHWINN STING-RAY

1963年から1974年の間に販売され、BMXの原型になったと言われている、SCHWINN のSTING-RAYの復刻版。当時の物はプレミアがついていて、高値で取引されているみたいです。後輪は四角いスリックタイヤがついています。嫁用とい うこと名目で説得して(騙して)購入しましたが、こちらも乗っていません。皆さん、大きな物を買う時はよく考えてから買いましょう!

最後に、最近は娘(1歳)の英才教育に励んでおります。

次回は、五島営業所の凄腕ドラマー、中村さんです。

佐世保支店、寺崎係長よりご指名頂きました熊本支店の鈴木です。

今年3月まで、佐世保支店で一緒に頑張っていた仲間です(^◇^)/ 佐世保支店のみなさん元気にしてますか~!!送別会の写真です。

怪しい二人 ⇒

酔ってますね(笑) ↓

← スペシャルゲスト!!

それでは、本題に入ります。・・・と言っても、書くネタもなく悩んだ結果やはりのことを書きたいと思います。

車に入り込んだのは、大学時代に自動車部に所属してからのことです。そこでドライブやモータースポーツ(ジムカーナ・ダートトライアル・ラリー)等やり、車の作業は自分でやるといった環境で車に接していました。

最初の車は、MR2(AW11のNA)でした。夜な夜な山に走りに行っては、ドライビングテクニックを磨いていました(@_@;)ある時は、ラリータイヤを履いては林道を走り、またある雪の日は、雪山にスタットレスを履いて走りに行ったりしていました。

2台目の車は、またまたMR2の今度は同じAW11ですが、スーパーチャージャー付でした。

因みに MR2(AW11) は、こんな車です。

雪山や林道で、車を滑らせながら走り、ギリギリのコントロールをする楽しさを知ってしまった私は、3台目の車を180sxにしてしまいました。走りのスタイルもドリフトに変わりました。リアタイヤを滑らせ白煙(タイヤスモーク)を出しながら、エンジンも高回転まで回し爆音でアクセルコントロールしながら、ドリフトで走っていました。

ドリフトは、スピード、角度、音のパフォーマンスです!!!  ある意味、芸術です!<(`^´)>

そして、180sxを卒業した私は、次の車をシルビア(S14)に乗り換えました。もちろんこの車でもドリドリ!!山やサーキットで走り、いろんな人と出会い、楽しい思い出を作ることができました(^o^)丿

チームカラーのキャンディブルーにラメ入りです

←セキアヒルズサーキットの最終コーナーの立ち上がりです。

この車の仕様として、パワーは280馬力と少し抑えめ、下から上まできれいに回るまさにドリフト向きの仕様です。ボディーは、競技車がやっているスポット増しでガチガチになっており、車体も軽く感じ、思う存分振り回せます。デフもニスモのシム増しでイニシャルトルクを上げバキバキに効いております。見えない所のお気に入りは、S15リアメンバーを移植し+パイナップル(URSA製)でトラクションもバリバリかかります。

あ、話しがマニアックすぎましたね(^_^;)兎に角、楽しく走っていました!!

そして、家庭の事情により、泣く泣くシルビアを手放し、今はエスティマ(MCR30W)に乗っています(+o+) エスティマは、見た目重視でおとなしく乗っています。この車では、軽く山道を流すことはたまにしますが、本気で走ることはもちろんなく、もっぱらドライブ仕様です。休みの日には遠出したり家族サービスに有効な車です!

最後に、実車ではないのですが、1枚目の写真のプラモ(シルエイティー)です。佐世保支店のみなさん、ちゃんと作りましたよ~(^◇^) ありがとう!色もキャンディーブルーに塗りました!! 綺麗でしょ(笑)車高は、走り屋の血が騒ぎ、どうしてもそのままの高さでは気に入らなかったので、いろいろ加工しておとしてみました(^o^)丿 もっともっとベタベタいしたいと思います!!

次は、佐世保支店の本田君にバトンタッチしたいと思います。(^.^)/~~~

岡崎課長よりご指名いただきました、佐世保支店の寺崎です。久々の連絡で何事かと思ったら、徒然のリレーブログの話でビックリしました!

私自身、特にコレ!という特技や趣味がないため、何を書こうか締め切り間近まで悩みました。「今、ハマっているものを書いたら?」とのアドバイスをいただいたので、 “癒しと連休の楽しみ”について、徒然なるままに書いていきたいと思います。

【癒し編】 ~うーちゃんとの日々~

それは3年前のある日・・・まだ独身の頃、一人暮らしをしている時に、何を思ったのか突然うさぎ を飼うことになりました。もともと動物が好きな性質で、ペットショップを覗くのが大好き☆☆だったのですが・・・うさぎに関しての知識を一切持たずに飼っ てしまったため、愛情をたっぷりと注ぐ前に天国に旅立たれてしまいました・・・

いや・・・本当にショックでしたよ、あれは。うさぎは感染症にかかりやすいということを知っていましたが、その知識も後の祭り・・・何もできなかったことを後悔しました。

その後、その寂しさを乗り越え、出会ったのが“うーちゃん”です。

かわいくて×②溺愛しました。ゲージに入れるのがかわいそうなくらい可愛いので、アパートの中で放し飼いにして育てました。目が覚めたら、目の前にちょこんと座っていることがあり、毎朝起きるたびに癒されています。いたずらもいっぱいされましたが・・・(^_^;)

現在、住んでいるアパートにはうーちゃん専用部屋があります!

←いつも足を伸ばして寛いでいます☆

実家で飼っている犬のラブとも大の仲良しです(^.^)

私の子供も、うーちゃんが大好きで「うーた!うーた!」と言って遊んでくれています。

先日、西海パールシーに散歩に行ったときの写真です。これからも仲良くネ!

【連休の楽しみ編】 ~麻雀と漫画~

寺崎家は麻雀が大好きで、実家には麻雀部屋と自動雀卓機があります。お正月やお盆に家族でワイワイやってます!(^^)!

今、私のイチオシの漫画です!ワンピース、ナルト、のだめカンタービレです。

友人に勧められて読み始めたのですが、どれも面白く、漫画の虜になってしまいました!

ワンピース最新刊:62巻(魚人島編)

NARUTO最新刊:56巻

のだめカンタービレ:全24巻

ワンピースの世界観は大人でも十分に楽しめるので、興味のある方はぜひ手にとってみてくださいね。

次回は佐世保から熊本に転勤したイーグルアイの鈴木君です。

福岡支店の米満支店長よりご指名頂き誠にありがとうございました。私は5月よりメディカルサイエンス㈱で頑張らせて頂いている岡崎 健二と申します。宜しくお願い致します。m(_)m

4月の中旬頃にご指名頂き何を書こうかと迷いましたが、ちょうどランチェスターの研修を受けており、その中で陶山(すやま)訥庵(とつあん)先生の長崎県対馬で“イノシシ退治”をした話が出て来ました。たまたま5月のゴールデンウィークに義兄の第一子誕生祝の為に対馬へ行く事になっていたので、この機会に訥庵先生が対馬でどれほど崇められているか調べてみようと思い、旅行して来ましたのでレポートさせて頂きます。しばしお付き合いをお願い致します。(^.^)/~~

その前に対馬を知らない方の為に簡単にご紹介させて頂きます。対馬は日本海の西に浮かぶ南北約82km、 東西18kmの細長い島で、北は対馬海峡西水道をはさんで朝鮮半島に面し、南は対馬海峡東水道をはさんで壱岐島、九州本土に面した人口3万6,000人の島です。

海岸は複雑な入り江を持つリアス式海岸で、その総延長は915kmにもなります。全島の89%が山林で急な深い山々が連なって海岸まで続いています。対馬を南北に分けるように島の中央部に位置する浅茅湾は、大小幾つもの入り江と島々が複雑に入り組んでいて、対馬の釣り客がたくさん訪ねる観光地の一つになっています。

また、対馬から福岡まで海路は138kmですが、対馬から韓国の釜山までの海路はその半分以下で距離は49.5kmです。(日本より韓国の方が近いなんて何だか不思議な感じですね!(^_^;)アラアラ)  晴れた日には、対馬の西側から朝鮮半島 の山々や建物を望む事が出来るそうです。このように地理的に近いことから、古くから対馬は大陸との交流で重要な役割を持っていました。

この辺で対馬の簡単な紹介を終らせて頂き旅行のレポ-トに移ります。事前に訥庵先生の情報をインターネットで色々と調べた結果、長崎県立対馬歴史民族資料館と、訥庵先生の墓所があるという修善寺に行ってみようと決めていました。

長崎県立対馬歴史民族資料館は下対馬の厳原港から歩いても15分ぐらいのところに位置し、入場料は無料でした。 1階のみが展示資料館で館内は写真撮影禁止でした。 肝心の訥庵先生の資料は肖像画と経歴が簡単に書かれた巻物が1点展示されているだけで、実際にイノシシ退治で使用された道具や仕切垣等の展示はなかったので少々残念でした。

次に訥庵先生の墓所があるという修善寺へ行こうとしたのですが、時間の都合でゆっくりと見学出来ず、それでもお墓だけは写真を撮りたいと汗だくで探し何とか撮影出来ました。これが訥庵先生眠る陶山家のお墓と思うと感慨深いものがありました・・・・・。しかし、後でよく調べた所、どうも陶山違いのお墓だったようです。( ̄▽ ̄;)!!ガ~ン

【汗だくで撮った偽墓】               【本物の墓石】

これまでは期待していた情報が得られずやや気分も落ち込み気味でしたが、なんと地元(上対馬:比田勝)でスーパー(バリュースタジアムタケスエ)を経営する義兄夫婦に今回の話をした所、なんと経営者と言う事もあり訥庵先生の事はよく知っており、驚く事にスーパーの敷地内に等身大の座像石碑をまで造ってしまっていると言うではありませんか。そこで早速行って見ました!!

ドッヒャー \(◎o◎)/! ビックリ!! こんなりっぱな石碑を造っていたとは全然知りませんでした。

この石碑の所に“対馬聖人 陶山訥庵先生の生い立ち”が掲示されていたのでここでご紹介させて頂きます。

陶山訥庵先生は、今からおよそ350年前に厳原のお医者さんの子として生まれました。幼いころの名前は五(ご)一郎(いちろう)といいましたが、かしこくて頭がいいので、みんな「あの子は、神さまの子だ」と噂しました。また、とても母親思いで6歳のころ母が作ってくれた「足袋」を「もったいない」と言って履くのを遠慮したそうです。

11歳の頃、江戸(今の東京)に行き木下(きのした)順庵(じゅんあん)先生の塾で勉強しました。順庵先生のもとで学んでいる多くの生徒の中で、五一郎は大変優秀な少年であると褒められました。18歳のとき対馬に帰り対馬藩の役人として働く事になりました。しかし先生には、16歳の頃から対馬の人々の為にしなければならないと心に決めていた事がありました。山ばかりで平地の少ない対馬では、山のすそ野の畑や、山の斜めになった所にも、草木を焼きはらって、作物を作りました。そこへイノシシとシカがやって来て、米や麦やサツマイモ、それに野菜、豆類まで食い荒らしていました。訥庵先生は、少年時代から人々が安心して暮らすには、このイノシシを退治しなければならないと思っていました。そして、先生は、郡(こおり)奉行(ぶぎょう)になると、考えていたイノシシ退治の計画を実行に移す事になりました。先生はこの時43歳でした。

先生が考えたイノシシ追い詰めの方法は、全島に住んでいる大集団のイノシシを、9つの小さな集団に切りはなし(区画に分け)、まずその1つの小集団に力を集めて一匹残らず退治します。次に2番目の小集団を一斉に攻撃し、一匹残らず退治した後3番目、4番目と次々にそこだけを集中的に攻めるのです。被害の様子から、全島にはおびただしい数のイノシシが住んでいると考えた先生は、少ない人数で大勢を相手に戦いを挑む時の正攻法、つまり、もっとも基本的な戦いの方法をとったのです。

北の豊崎(とよさき)(上対馬)から始めて、南の豆酘(つつ)まで一匹残らず退治してしまうのに、およそ10年かかりました。とったイノシシは約8万頭です。その頃の対馬の人口はおよそ3万人でしたから、討ち取ったイノシシの数は、人間のおよそ2.7倍でした。

この全体を小さな区画に分け、初めにその中の1つに区切りだけに力を一点集中し攻め、そこを降伏させてから、次の区画の攻撃に移ると言う〔局地戦における陣地取り〕訥庵先生のイノシシ追い詰めの方法、戦い方を19世紀イギリスの経済学者フレデリック・ウィリアム・ランチェスターが第二次世界大戦後、経済(商業)の戦略戦術に生かしました。それをヒントにして生まれたのが経済人、商業人の中では知る人ぞ知るランチェスターの法則の1つなのです。長々と書かせて頂きましたが、訥庵先生が対馬の聖人と崇められる理由がよく理解出来ましたでしょうか。もし“イノシシ退治”をしなかったら、自給自足ではこと足りなかった対馬は、益々農作物不足になって最悪の事態(猪の島!?)になっていた事は間違いありません。妻の両親は対馬出身ですが訥庵先生の活躍がなければ生を受けていたか疑問ですし当然妻とも出会えなかったかもと思うと他人事とは思えなくなって来ました。この場をお借りして感謝すると共に次回対馬に行った際には必ず修善寺の訥庵先生の墓石にお参りしようと思いました。

最後に対馬でいま大ブームのグルメな食べ物をご紹介いたします。 皆さんご存知でしたでしょうか!? 今、B級グルメと言えば全国で注目を集めております。その九州大会で優勝した事もある食べ物がこの対馬にあるのです。それは“対馬のとんちゃん”です。焼肉の本場、韓国釜山とわずか49.5キロメートルの海峡を隔てただけの上対馬で、倭人の味として育まれた秘伝のタレ(味噌・醤油をベースに、たまねぎ、にんにく、りんご等の新鮮な野菜&果物と数種類の調味料をブレンド)に、新鮮なままの豚肉を漬け込んだスタミナ満点の焼肉料理です。まだ、食べられた事のない方は是非一度お取り寄せ頂きご賞味して見ては如何でしょうか!

「とっても美味しかばい!」\(^o^)/ (ホームページhttp://www.rakuten.co.jp/takesue

最後は身内の宣伝みたいになってしまい申し訳ございませんでした。次回の投稿者は佐世保支店の2課 寺崎係長にお願いしたいと思います。宜しくお願いします!

今回は長々とお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。メディカルサイエンス㈱の岡崎でした。 (^.^)/~~~

久留米支店寺井課長より指名を受けました福岡支店 米満です。

昨年9月福岡支店転勤に伴い、楽しい楽しい単身赴任生活が始まりましたが、数年前より毎週週末は何故か自宅で夕ご飯当番になっています。料理がどうも好きなようで、自己流でいろんな料理をマスターしました。

ゴールデンウィーク!!今年も遠出せず、金かけず、近場に出かけ自宅での食事を家族で満喫??いたしました。

4月29日(金)

本日は一番の得意料理

デミグラスソースハンバーグ!!

材料の具はその都度違います。冷蔵庫にある具材を適当にピックアップ、(ひき肉 たまねぎ 蒲鉾 椎茸 ちくわ、玉子 牛乳 パン粉 塩コショウ)それぞれ量は感まかせ!適当にまぜあわせ!!毎回、同じ味にはなりませんが、そこがまた良いようで子供たちにも大うけです。デミグラスソースも手作りですよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月30日(土)

本日は皿うどん&豚のしょうが焼き!!

 

5月1日(日)

本日は、毎年恒例の潮干狩りに行ってきました。場所は糸島の深江海岸。実はこの場所、穴場で殆ど人がいません。今日も広い海岸を貸し切り状態です。例年だとバケツ一杯獲るんですが、今年は黄砂がひどく風も強かったので収穫はいまいち。潮干狩りもやりだすと案外はまちゃいます。

獲ったあさりは酒蒸しとお味噌汁になりました。

今日もビールが旨い!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月3日(火)

自宅から車で15分、鳥栖プレミアムアウトレットでお買物!!家族サービスです。女の人ってなんでこんなに買物が好きなんでしょうか?

本日は長崎の人は良くご存知のトルコライスに挑戦!!味の評価はまあまあだって!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月5日(木)

ゴールデンウィーク最終日、こどもの日でバーベキューの予定でしたが、次女が学校の宿題でカレーを作らなければいけないとのことで急遽メニュー変更!!このバーベキューグリルも手作りなんです。(最近は年2~3回しか使わなくなっちゃいましたが)

材料の皮むきから炒め、煮込みまで全て1人でやってくれました。

来年あたりは家族旅行にでも行きたいなと思案してますが、どうなることやら???

次回は東京出張の際、よくお世話になります岡崎課長です。