大分支店 今井係長より指名を受けました、長崎支店 汐碇です。

今井さんは、保育園から中学まで同郷の大先輩であり、今井さんの妹とは同級生で、まさかアイティーアイで一緒に働く事になるとは思ってもいませんでした!今回何を書こうか迷いましたが、趣味について書きたいと思います。

皆さん、レゲエと聞いてなにを思い浮かべるでしょうか??

ひょっとしたら、黒人や若者のチャラチャラした音楽、というイメージがあるかも知れません。

しかし、レゲエに はいろんな種類(ダブ、ジョグリン、ダンスホール、ファンデーション、クラッシュetc・・)があり、一概に こういうものです! とは説明できません。 が、あえて一人挙げるとすると、その歴史の中で欠かせないのは全ての基をつくった人であり、(他にもいますが・・) 一躍レゲエを有名にした、レゲエの神様といわれている ボブ・マーリー だと思います!

36才の若さで亡くなり、死後30年がたった今でも、その音楽は変わらず愛されています!

私も、前からボブ・マーリーは好きだったんですが、 ここまで深く好きになったのは、忘れもしない、大学の頃の強烈な先生との出会いからでした!

大学1年生の時、文化人類学という講義を適当に選択し、初めてその日に教室に現れたのが、見事なドレッドヘアーに汚い服装でラジカセ片手に、ノリノリでやってきたS先生(日本人)でした!!(※後から聞くと、先生はジャマイカ人と結婚し、ラスタファリズムを信仰するほどのラスタマンであったそうです!)

授業中は基本的にレゲエを流し、“ 踊りたい人は踊っていいですよ~ ”などとビックリする事を平気でいい、とても大学の講義とは思えない内容だらけでした!(何ヶ月かすると本当に踊っている人いました!!)長崎の田舎から東京にきた私は、強烈なカルチャーショックを受けたのを今でも覚えています!

そんな授業でしたが、(※ もちろんしっかりした文化や歴史の内容もありました!)一番印象に残っているのが、 やはりボブ・マーリーについてでした。

いろいろ書くと長くなりますので、 1つ曲を紹介します!

400YEARS という曲ですが、この曲にレゲエの歴史、アフリカ~ジャマイカの歴史が詰め込まれていると思います!

若者は強くなるんだ

オレと一緒に来ないか

みんなを自由の地に連れて行ってやる
そこでオレたちは
自らの人生を自由に生きていけるんだ
なんて長い間だ 400年も
みんな見えないのか
400年もの間
同じ哲学を強いられてきたんだ

・・・ 要は、400年間にわたり、奴隷制度の犠牲となってきた歴史があり、その歴史を吹き飛ばし、ラスタファリズムに基ずくアフリカ回帰運動を起こしていこう、というとても強烈なメッセージソングなのです!!

皆さんも、もし興味があれば聞いてみて下さい!

※ウソみたいな話ですが、S先生は後期の途中、“寒いから”という理由でジャマイカへ渡っていきました・・・

それでは、次は埼玉支店のスーパーアイドル 矢嶋さん! よろしく!!

眸をあげよ、涯遠く~ の野球部先輩、竹内さんからの御指名、ありがたくお受けいたしました。大分支店の今井です。

このタイミングで受けたからには、まずはNEW大分支店が完成するまでの様子を御紹介したいと思います。諸事情により横からの写真です。

9月上旬 原っぱと駐車場だった土地がまっさらになりました。

9月下旬 掘り起こしが、スタートしました。

10月中旬 鉄骨が組まれました。

11月上旬 壁ができ始めました。

12月中旬完成。 写真は1月の写真ですが・・・正面からです。

ちなみに会社の裏から少し歩くと高崎山、由布岳、鶴見岳を望むことができ、疲れた目をいつでも癒せる良い環境となっています。

水族館を正面とすると高崎山の裏になります。

左が由布、右が鶴見です。豊後富士とも呼ばれています。

さて、本題になりますが、このシーズン、最も旬なスポーツ 駅伝 についてつれづれしたいと思います。(さっき箱根駅伝が終わったばかりで綴り始めています。)

興味の無い方は、長時間走っているだけを見ての何が面白いのかと思うでしょうが、新春の箱根駅伝 においては、2日間でTOTAL11~12時間の競技にもかかわらず視聴率20%を越える国民的行事なのです。私も1月2、3日の朝は7:00からスタン バイして視聴しています。(スタートは8:00からですが、メンバー発表やコース紹介があります。)

ここで箱根駅伝 あるある です。

1)コース紹介がすごく丁寧。

スタート前から、また途中でも何度も紹介してくれます。地形、気温、湿度、風向もそうですが、このコースが、全体の中でどういうポイントのコースであるか教えてくれます。

2)選手エピソードがすごい。

走っている最中は、選手のこと、エピソードなど、よく調べたな と関心するくらいの情報をアナウンサーが実況しながら紹介します。高校時代のこと、練習姿勢、家族構成などです。たまに瀬古さんの解説が入ります。

3)感動もあるが切ないシーンもけっこうある。

襷が途切れたりリタイヤのシーンには、いつも切なくなります。団体競技にもかかわらず、これほど個人の結果がチームに影響するスポーツは、他には無いだろうとその度に思います。

4)優勝争いだけで終わらない。

もちろん目指すは総合優勝ですが、初日の往路優勝がだめだったら翌日の復路優勝を目指したり、10位内のシード権を目指す。1位がゴールした後でも熱いシード権獲得争いは、手に汗握る展開です。

5)選手配置

ただ単純に個々人の力量を合計して早いチームが勝つわけでなく、1区から10区までの中にどんな選手を配置するかも大きく戦況を左右します。チームが勢いに乗ると個人がすごい走りをします。

今年の東洋大学は、すごかった!

4区から8区まで区間賞で、3強の争いと言われた大会を圧倒的な差で勝ちました。私は3強の一角であるトータルバランスに優れる駒沢大学のファンですが、来年は期待できそうです。ちなみにプロ野球は読売ではなく、カープのファンです。

最後に私なりの 駅伝 を楽しむ方法をつれづれいたします。

まずは 箱根駅伝を見る です。

読売新聞を協賛とし各マスコミにも大々的に取り上げられる、この大会を時間がある時に見て下さ い。レギュラー10名中、全員が最終学年というチームはありません。多くて5名くらいなので、次大会でも同じ選手を応援することができます。また、大会の 直前にも予選会の様子が放送されますので、ここから見るとよりbetterです。

予選会の様子

次が大切なのですが、12月第4日曜日に行われる高校の全国大会です。

(10:00からNHKにてLIVE放送)

NHKスポーツの始まりを告げるいつもの音楽が流れています~♪

ここを抑えておくと、翌年の全日本女子駅伝、2,3年後の学生駅伝に見覚えがある選手が活躍しま す。親近感も湧き応援にも熱が入ります。そうなると実業団や全国都道府県対抗駅伝も楽しいです。(ちなみに男子の福島県は強いです。)いずれはオリンピッ クで活躍する選手が出てくるかもしれません!

では、そろそろ、この辺で次の走者へ襷を渡そうと思うのですが、山と海に囲まれ、緑色の風が吹くふるさとの後輩、汐碇くんへリレーします。

あけましておめでとうございます。大村支店の竹内です。今年もよろしくお願いします。

平成4年に入社して、年月は早いもので19年になります。長崎西高野球部つながりで、大分支店の吉川君からブログリレーのバトンををもらいました。

日々の家族の姿を通して、感じたことを書きたいと思います。

この数年、年末、年始は家族でスノーボードに出掛けています。

家族のお気に入りは広島の猫山、シーズンに2回ほど滑っています。我が家のメンバーは、私・妻・息子(高校1年)・娘(小学4年)です。娘は幼稚園からスキーを経てスノーボードを始め、経験は5年目。私・妻・息子はほぼ同じ時期に始め、10年目です。

この年齢になると、新しいことに挑戦する経験も少なくなり、自分の成長を実感できる場面は限られてきます。しかし一方、そんな私たち大人とは逆に、子供たちの進化を感じる場面は日常にいくつもあります。

初日、連続ターンがなかなかできない娘は、自分に悔しくてやや不機嫌になっていました。器用にわ りと何でもこなす娘なので、なおさら悔しいのです。こうなると、負けず嫌いな性格の娘はなかなか手に負えないのです。「どうせ、できんもん・・・」と、ま るで滑ることを放棄したかのように、雪を丸めて何かを作ったりして遊んでいました。

ところが、その翌日。息子とふたりだけでしばらく滑っていた娘。あとから合流した私たちの目に写ったのは、ややぎこちないながらも誇らしげに連続ターンをこなす娘の姿でした。

あとで、娘はこう言っていたそうです。「連続ターンができんで、文句ばっかり言いよったのが一番ダメやった」と。

おそらく、息子と娘のふたりだけで滑っている間に、息子がなだめすかして上手に指導をしたのだと 思います。素直に何度も練習を重ねるうちに、娘は連続ターンのコツを自分で見つけたのでしょう。できない自分に直面した時、悔しくてたまらなくて。そし て、その気持ちを乗り越えること、そんな自分を認めることを娘が学んだことを感じました。

1月2日には息子のラグビーの試合に行きました。息子は春からラグビーを始め 今回が初参加ですが、長年続く正月恒例の東西戦です。現役高校生の試合もさることながら、OB戦の情熱たるやラグビーへの熱い思いがあふれんばかりでした。

ラグビーというと筋肉隆々な体格をイメージする方が多いかもしれませんが、ひとチーム15名の中にはポジションに応じて役割が異なり、それに応じてメンバーの体型も様々です。息子はやや小柄、持久力があるタイプで、スクラムハーフに抜擢されました。

スクラムハーフは、フォワードとバックスをつなぎ、攻撃の起点となることから司令塔の役割があり ます。いち早く密集地に駆けつけるスピード、相手や自分のチームの陣形を読み瞬時に的確に判断する能力、いざとなったら自分よりはるかに大きな相手の突破 を防ぐ強い精神力なども求められます。

重要なポジションを与えられ、一投一蹴、考え学ぶ連続のようです。チームの取り組むべき課題は何 か、それを達成するためにはどんな過程を選択すればよいか、その中での自分の役割・・・。息子なりに、それらを模索する日々のようです。まだまだ課題は山 積みですが、自分が必要とされる機会を息子に与えられたことを、とてもうれしく感じています。

子供たちからの刺激を受け、私の新しく挑戦していることはロードバイク(自転車)です。きっかけは、運動不足とダイエットです。独身時代と比較すると20Kg以上体重が増えました。

すっかり変化した私の容姿に、妻は「私のときめきを返して!」と痛いほどの冷たい視線で訴えます が、きっと愛情の裏返しの表現でしょう。「ときめき」の有無で捨てるかどうかをジャッジする注目の収納術の番組を、熱心に見ていた妻。私を「ときめきがな い」にカテゴライズしてないか、かなり心配です・・・

話題をロードバイクに戻します。長崎から大村までなら44kmを、時速20km2時間くらいで走 ります。走っている時は、ペダルをこぐことに集中して無心になれる時間です。走り終えたあとの、心地よい疲労感、口にしたとたんすーっと体にしみこむ水の あの美味しさ。そして、減量していつかは、大会レースに出場してみたいと思っています。

妻の新しく挑戦していることは、何でしょうか。身近にいて、意外に教えてもらっていません。今度、ゆっくり聞いてみようと思います。

次は、大分支店の今井君にバトンタッチします。彼も、長崎西高野球部出身です。今井君、よろしくお願いします。

“敏感肌”改め“素肌美人”の松崎さんよりご指名受けました。2012年最初を任命されました大分支店の吉川(英)です。去年7月に長崎から転勤してき て、もう半年経過しました・・・。思えば転勤して4日目でⅡ型糖尿病と診断されその日に入院・・・。毎月の定期受診やら薬代などで医療費も馬鹿にならな い。病気ってホント嫌ですね。皆様も病気にはお気をつけて・・(特に糖尿病!!)。

今回何を書こうかと思ってイキナリ病気の話をしてしまいましたが、私の話をしても面白くないので、私の大好きなロックバンド“QUEEN”のボーカル、フレディ・マーキュリーについて書こうと思います。

まずは、軽くQUEENについて触れときます。

皆 さんもQUEENと聞けば連想する曲として、“WE WILL ROCK YOU”や“WE ARE THE CHANPION”、近年ではキムタク主演のドラマでも主題歌になった“I WAS BORN TO LOVE YOU”などが有名でご存知かと思いますが、それ以外でもCMやテレビ番組の挿入曲やイントロなどでも幅広く使用されてます。また、レディ・ガガも QUEENの曲「RADIO GA GA」からレディ・ガガと命名したらしいです。そして、メンバー全員が日本をこよなく愛していたと言われており、日本語で歌う曲、「手をとりあって」とい う曲も出しています。

そんなQUEENでボーカルしていたのがフレディ・マーキュリーです。

独特なコスチュームやポーズ、ピアノの弾き語りなど非常に音楽の才能があふれた人物だと思います。

そんなフレディ・マーキュリーですが、実はエイズ患者でした。そして45歳というまだまだこれからという若さで亡くなりました。しかしながら、病気と闘いながらの壮絶な人生を音楽と共に生きていたというのは、実に感慨深いものだと思います。

以前よりフレディが男性と交際していたため、一部メディアからAIDSという報道が流れました。しかし、その時はメンバー全員が完全に否定していました。

それから数年後の1991年11月23日、自宅前で記者会見を行いました。そのときの声明文がこちらです。

 

「私はHIVテストで陽性と診断され、AIDS患者であることが確認されまし た。しかし私の身の回りの人々のプライバシーを守るため、この事実を隠しておくことが適当だと考えておりました。 しかし今、世界中の友人たちとファンの皆様に真実をお伝えする時が来ました。これからはこの恐ろしい病気に対して、私と私の医師団と世界中で私と同じよう に苦しんでいる人々と一緒に戦って下さい。」

 

 

その翌日、11月24日に急変し合併症の肺炎で亡くなりました。

会見の翌日に亡くなるとかって、ドラマのような人生だと思いますね。奇しくも2011年11月 24日は没後20周年であり、映画館などでスペシャルライブなんかもやってました。ザーッと駆け足で書いてみましたが、フレディの人生を少しでも知っても らった上で曲を聴いてもらえると良いと思います。

オススメは「イニュエンドウ」と「メイドインヘブン」というアルバムがありますので興味のある方 は是非聞いてみてください。「イニュエンドウ」は亡くなる前の最後のアルバムで、「メイドインヘブン」はフレディ没後の作品でトリビュートアルバムみたい な感じです。どちらもフレディが死を意識していると思われる作品です。

左がイニュエンドウ、右がメイドインヘブンです。個人的には、イニュエンドウの最後の曲「ショウ・マスト・ゴー・オン」とメイドインヘブンの2曲目「メイドインヘブン」が大好きで是非聞いて欲しいです。

と、まぁつれづれっと書いてみましたが、意外と書くの難しいですね(汗)。最後に、繰り返しになりますが、皆様病気にお気をつけて・・・。

次回は我らが長崎西高校野球部の先輩、大村支店の竹内係長にレーザービームを送ります!