熊本支店の中野先輩より引き継ぎました、天草営業所の河野です。

突然ですが皆さん「幽霊」って信じますか?

「ひょっとしたらいるかも」ですか? 「そんなのいるわけないじゃん」ですか? 私は子供のころからずーっと、後者の方で全く信じていませんでした。お化け屋敷は大好きだし、若い頃は友達と幽霊が出ると噂の廃墟に夜中に行ってみたり、と面白がっていました。

 

ところが…

私は大学生時代は岡山県で過ごしていました。1年生の頃は学生寮に入っていまして、集団生活を楽しんでいました。

私が行っていた大学は学生寮に入れるのは1年生だけで、2年生からは必ず1人暮らしをしなくてはいけませんでした。今なら自分で住むところは念入りに調べて契約するのですが、当時は学生だけあって「安けりゃどこでも!」みたいな感じで適当に探して契約しました。

契約したアパートは私が学生生活を終了し引越しをするまで、大家が3回変わりました。不動産は変わらなかったので当然、そんなことは後から知ったことで、その時は全く知りませんでした。2階建てで1階が8世帯、2階が8世帯の合計16世帯が住んでいました。

私は2階の204号室に入居しました。1ヶ月ぐらいして気が付いたのですが、1階には104号室は無いんです。「あれっ?」縁起の悪い番号が1階には無く、私の部屋だけ4がついてるんです。不動産に問い合わせて見ても「うちは、特に気にしていませんから」と言われただけで「細かい事は気にするな」みたいな感じでした。

私も「まぁいっか」と思って住み続けました。間取りは1K 6畳。トイレ、風呂は別々、エアコン付き、そして私が気に入っていたのがロフトが付いていたんです。寝る時は、階段を出してロフトに登り漫画を読みながら寝るのが最高でした。

そんな1人暮らし生活を1年続けていましたが、こんな私にも合コンで彼女が出来ました。彼女の実家は裕福だったので、彼女は賃貸ですがマンションに住んでいました。私はボロアパートなので、段々住み心地の良い彼女の家に住むようになって自宅には1ヶ月に2回ぐらいしか帰らない生活になりました。

 

私のボロアパートに異変が起こり始めたのはこの頃からでした。

 

「あれっ?」2週間ぶりに自宅へ帰った時です。

「電話の受話器があがっている!」 しかもちょっとのズレ方じゃなく、明らかに外れているのです。元どおりに戻して、2週間して帰ってくると、また受話器が外れているんです。

 

その次の異変は、「点検口が開いてる!」

ユニットバスって天井に点検口がありますよね。風呂に入って天井を見上げた時に気が付いたんですが、点検口が開いているのです。10cmぐらいずれていて、絶対誰かの手で開けない限りは動かないと思うのですが、それが開いているのです。

 

この辺りから、ちょっと不気味に感じると同時に、ネズミか?と思っていました。長い夏休みが来て、彼女が実家へ帰省したので私もボロアパートへ戻ってきました。その日の夜に忘れもしない出来事が起こったのです。

 

当時は、きちんと自炊をしてましたので、パスタを作って、テレビを見ながらビールを飲んでいました。酔いも少し回ってきたのでお気に入りのロフトに上がり、漫画を読みながら眠りにつきました。夜中にエアコンをガンガン効かせていたのですが無性に暑くて寝苦しかったのです。

すると、ピキーンッ!!

金縛りにかかってしまいました。実をいうと金縛りは高校生の時からよくなっていました。金縛りは筋肉の緊張でなるとか、脳が寝ぼけて動けないとか(本当?)聞いていたので、特に怖がらず「久しぶりになったなぁ」と思っていたら、今日は何か感じが違っていました。

 

「頭の右側に何かいる!」 体は固まっているので、眼球だけゆっくり右へ向けると

もやっ、としたものがいるのです。

「何だっ??」暗闇に目が慣れてくると段々姿が見えてきたのです。

「子供だ!」 2、3歳ぐらいでドラえもんみたいに頭の大きな子供が、鮫の様な目をしてじーーーっと 正座をして私を上から覗き込んでいるんです。

10分ぐらい、その状態が続いていましたが、今度はその子供が正座をしたまま、まるで天井から吊り下げられているように、ゆっくり浮いたかと思うと、私の胸にじわーっと乗ってきました。すると、すごく重たくて骨が折れそうな勢いで押しつぶしてきました。

「痛い!苦しい!」 ってまでは覚えているんですが気がついたら朝になっていました。

 

その出来事を友達や彼女に話しても「夢じゃないの」「はい、うそー」とか言われて信じてくれませんでしたが、私もビール飲んで酔っていたし、元々そんなの信じてないしで、そう思うと、やっぱり夢かなと思って決着しました。

それからは、電話の受話器が外れていたり、点検口が開いていたりなど全く無く普通に生活していました。

 

大学生活4年間が終わり、遂に卒業です。ボロアパートだったけど、結構住みやすかったなぁ、と思いながら友達に手伝ってもらって引越しの準備をしていました。

食器、衣服を片付けて、テレビ、オーディオ等をダンボールに入れました。そして友達とタンスを抱えて動かした時に、友達が・・・。

「何これっ!?」

タンスの裏の壁に、床からロフトへ向かって転々と汚れみたいな、染みみたいな物が付いていました。

よーーく見てみると・・・・

小さな手形と足形なのです。手形はハッキリと付いていて、足形は這ったような跡が付いていました。その時は全身の毛が逆立つような衝撃があったのを覚えています。

 

あの出来事は本当だったのだ・・・・。信じるか信じないかはあなた次第ですが・・・。

 

これから暑い日が続きますが、この話を読んで少しは涼しくなりましたか?次は明るい話題をお願いしますね。鹿児島支店の勝木さんバトンタッチです。

久しぶりに村山君からの電話。嫌な予感がすると思ったら、予感的中。

ということで、この度ご指名を頂きました、熊本支店営業2課の中野です。よろしくお願いします。ゴールデンウイーク前に連絡があり、楽しい連休が一変、『徒然なるままに・・・』に何を書こうか悩む毎日・・・趣味のことを書いている方が多いので、私も趣味のゴルフのことを書くことにしました。

そこで、ゴルフをされている方でもプレーをしたことがある人は少ない、いやいないんじゃないかなぁ~ あのトリーパインGC(Torrey Pines GC)で2009年11月にプレーしたので、そのことを書きたいと思います。

トリーパインGC(Torrey Pines GC)

このコース南カリフォルニアにあり、ラホーヤとデルマーレの中間にあります。コースは南と北コースを持った36ホールです。毎年2月に開かれるUSPGAツアービューイックオープンの開催コースとして有名です。2008年にはUSオープンを開催。足を痛めているタイガーがプレーオフの末、優勝した名門コースでもあります。

私は、このコースの南コースをプレーしました。

 

いざスタートというときに、初めての海外ゴルフで初めての体験をすることになりました・・・ショットガンスタート!なにそれ?と思い説明を聞くと、『ショットガンの発砲を合図に各ホールのプレーヤーが一斉にスタートする方式』とのこと。ということで、私たちは、3番ホールからのスタート。いきなり、上の写真にも写っている、海に向かって打つホールです。

めちゃくちゃ緊張した中でのショット、グリーンは外したもののOBにならずにすみました。(;^_^A アセアセ・・・

 

ホールが進むにつれ、緊張もほぐれてきましたが、レンタルクラブということもあり(ちょっといいわけ!)右に左に大忙し・・・(T▽T) その中でも特に苦労したのが、ラフ。非力な私にとって本場のラフは手強かったです。

そして、グリーン

とにかく早い!上につけると3パット確実。私の実力がないこともありますが、プロは凄いなあ・・・と思いました。

 

18番ホール

2009年9月の米女子ゴルフのサムスン世界選手権。最終日に優勝争いをしている宮里藍が迎えた最終18番パー5、果敢に5Wで2オンにトライしたものの、このショットがグリーン手前でキックして池に落ち,ボギー。残念ながら2位に終わったコース。

 

       その池がこちら。               私は、戦略的に刻みました。

なんとか18ホールを終え、クタクタでクラブハウスへ戻ると、名プレーヤー達の写真。凄いコースでプレーしたんだなぁと改めて感動しました。

 

天気にも恵まれ、本場アメリカの名門コースでプレーできたことは本当にいい経験です。スコアは散々だったのであえて載せませんが、できることならもう一度プレーしてみたいです。

次は、天草営業所 河野所長です。宜しくお願いします。

どうやら「八代」つながりで御指名頂きました、千葉支店の村山です。

いずれ廻ってくるだろうとは思っていましたがとうとう出番になりました。何を書こうか締め切りぎりぎりまで迷いました。もともと熊本出身なので年に1~2回は帰省するのですが、5年前にまだ独身だった時に1度だけブルートレインで熊本まで帰省しました。そのときの事を書いてみます。

ITCへ転勤してから、ふとしたきっかけで電車での一人旅が趣味になってしましました。主に青春18切符などのお得な切符を使っての旅です。事前に目的地、宿泊場所、食事場所、経路などを調べるのも楽しみのひとつです。最長で4泊5日の「日本最北端の地」稚内への旅行もしました。

    【大晦日に遠く樺太を見つめる間宮林蔵翁】 

このときは「東日本パス」という切符を使用しました。ほぼ普通電車しか使えません。なので時間はかかります。行きは目的地にたどり着くという大きな目標があるので気にならないのですが、帰りがそれまでの疲れもあってか座席に長時間座る為におしりが痛くなってしまい大変でした。

北海道だけでなくそれまで行った事の無かった東北、北陸、中部、近畿、山陰、四国など沖縄以外の都道府県には全て行きました。特に徳島の「祖谷のかずら橋」や岩手の花巻温泉などが印象に残っています。

               【かずら橋】

   【花巻 鉛温泉「藤三旅館」の露天風呂】

 

そうした中で全国を色々な列車で旅行しているうちに ほんの少しだけ電車に詳しくなってしまいました。そしていつかは寝台列車に乗りたいと思うようになりました。実はこのときにブル-トレイン寝台特急「はやぶさ」の廃止が噂されていたのでチャンスはもう無いと思い決断しました。

「はやぶさ」 電気機関車EF66が東京駅へ入線です。東京発18:03  熊本着 翌日11:48の約18時間の長旅が始まります。

席はB寝台のソロ2階席(部屋)です。B寝台というとあまりプライバシ-が無い感じですが、このソロは狭いながらも個室になっていて安心安全で快適な旅ができます。

Bソロの車両の通路です。ドアに鍵もかかります。

Bソロ2階  階段をあがったところです。通路の天井部が荷物入れ。 シ-ツ、まくら、ゆかたも準備してあります。

車内にはジュ-スの自動販売機しかないので食べ物やアルコ-ル類は事前に買い込まないといけません。東京駅はその点色々な弁当や飲み物が豊富に揃っているので迷ってしまいます。

 

   【迷った挙句の弁当2つ】           【長旅の御供です】

 

室内はベッド部分以外は畳半畳ほど。立ち上がる事は出来ませんがゆったりと座ったり、ねっころがったりしてやはり普通座席とは比べ物にならない位に快適です。コンセントもあり、携帯電話の充電は可能でした。

この日は午後に有休を頂いていたので東京駅や横浜駅のホ-ムにたくさんのス-ツ姿の方を見ながら弁当をたべていたので少しいけない事をしているかのようでした。2階席なので(快速のグリ-ン車と同じ高さ)視点が高く、しかも見られづらいのでカ-テンもせずにのんびり夕食です。

 

夕食後は車内探検です。

 

       【A寝台通路】                           【B寝台】

 

        【飲料水】                              【洗面台】

A寝台はけっこう部屋がうまっていたようでした。B寝台はまばらでした。飲料水の機械や洗面台、あと自販機や公衆電話がありました。残念ながらシャワ-はありません。電車特有の揺れを感じながら就寝です。その間も「はやぶさ」は西へと向かいます。

 

明朝6:30過ぎに山口県の徳山駅から数量限定の駅弁「あなご飯」が販売されるのでそれにあわせて起床します。かなり人気なので並んでの購入になります。

                 【徳山名物 あなご飯】

下関駅、門司駅で機関車の切り離し 連結作業があります。門司駅から熊本行きの「はやぶさ」と大分行きの「富士」に分かれます。

 

    【連結に群がるマニア】    【青いEF67から引き継いだ赤いED76】

 

架線の電気が本州では直流で九州では交流の影響により、下関で関門トンネル用の機関車に交代、門司では九州用の機関車に交代です。

車内から田園風景を眺めながらゆっくりしていると熊本駅に到着です。

はやぶさ車内から熊本駅のホ-ムに降り立った瞬間に“むわっ”とした湿気に驚いてしまいました。6月の半ばを過ぎたら熊本はもう蒸し暑くてたまりません。29歳まで熊本にいましたがやはりこれだけは苦手です。

国内を走っている寝台特急もかなり少なくなってきました。この寝台特急「はやぶさ」は残念ながら平成21年3月で廃止となってしました。いつか子供が大きくなったらカシオペアや北斗星に乗ってみたいと考えています。それまでにがっつりとプラレ-ルで仕込んでおこうと思います。

             【未来の鉄道マニア(1歳3ヶ月)です】

この次は数年前に新宿で御一緒させていただいた熊本支店の中野さんに御願い致します。

八代支店営業1課の蒲池です。

八代に来て6年目に突入しました。八代に来る前は10年東京に住んでいた為、当初はあまりの田舎具合に驚きましたが、人も車も少ない八代の生活に慣れると今度は福岡でさえ都会に思えてきております。

八代は仕事をする上では、渋滞もなく過ごしやすいのですが、休日をどう過ごすかが大きな課題です。縁もゆかりもない土地、会社の先輩は次々と結婚していき独身者は私と小宮君の二人、その小宮君とはラーメン以外の趣味・価値観が合わない、等の理由で休日はゲーム、読書ともっぱら一人で暗くインドアな生活を過ごしておりました。

そんな暗い休日を過ごしていましたが、2年前宮崎支店より3課の永野さん、1年半前に沖縄支店より曽我君が転勤してきてから休日の過ごし方が激変しています。そこで今回は、八代支店の独身者がどのように休日を過ごしているか紹介したいと思います。

 

釣り

2人が転勤してくる以前から、インドアナな生活を変えようと一人で八代外港や日奈久に釣竿にルアー一つ付けて釣りの真似事の様な事はやっていましたが、曽我君が沖縄で釣りをしていたとの事で曽我君と二人で釣り部を結成しました。(永野さんは1度行ったきり退部しちゃいました。)

ちなみに結成当初の釣り部の理念

  ①ルアーで勝負する事 = 汚れることはしない

  ②船には乗らない

この2か条を掲げて芦北、水俣、出水辺りに出没しておりましたが、全く釣果が得られないまま半年が経過・・・。

そこで八代支店倉庫番長の稲光、奥村両先生に教えを乞い、①のルアーのみで勝負する事を変更し、餌に手を出し、更には時間も昼から夜に変更、道具も一新、両先生にも同行していただくようになり、釣り部を解散、釣りクラブを結成しました。

釣りクラブでは釣果はまずまずで釣った魚を行きつけの居酒屋に持ち込んだり、自分で料理したりと楽しんでおります。

 

ガラカブの刺身とガラカブの唐揚。居酒屋『鴛鴦 (おしどり)』釣った魚を無料で料理してくれます。】

 

ゴルフ

八代支店ではゴルフを積極的にしている人がいなかった為、プレイする機会がなかったのですが、現在バンコクに赴任中の義理の弟から年末年始はタイでゴルフをしましょう(タイのゴルフ場はきれいで良いとの事)と誘いを受けた事がきっかけで、永野さんを選手兼監督に迎えてゴルフ部も結成しております。

休みの夕方はもちろん、平日の夜9時くらいから打ちっぱなしに行き練習しています。何末年始まで残り8ヶ月で何とかラウンドできるように頑張りたいと思います。

 

   【行きつけのゴルフ練習場】        【選手兼監督の永野氏】

 

食事

平日毎日顔を合わせているにもかかわらず、土曜日の昼には曽我君から電話がかかってきて3人でランチに行く事がほとんどです。

時には、玉名ラーメンを食べに行ったり、宮崎のカツオ飯を食べに行ったりする事もあります。次回の『喰うログ』は八代が担当ですが、もちろん3人で取材に行っておりますので是非読んで下さい。

 

永野氏一押しの宮崎日南「鈴之家旅館」の鈴之家定食(1,100円) 朝9時八代出発して、11時半到着。遠くまで来た価値ありでした。

 

という訳で、最近の八代の独身生活は充実感と活気に満ちており、しばらくは結婚できそうにありません。また4月から新社会人として浦門君が八代独身組に加わり、ますます活発に活動していきたいと考えております。

鹿児島支店の寺島です。

思えば、福岡県久留米市で生まれ育ち、学生時代は福岡市、社会人になって熊本県の八代市、その後鹿児島市とほぼ九州を縦断してしまいました。今回は現在住んでいます鹿児島のご紹介をしたいと思います。

 

鹿児島と言えば、まずはやっぱり 「桜島」 でしょう。私が来た頃の「桜島」は本当に暴れん坊でこんな感じでした。鹿児島では通称「ドカ灰」と言われています。

(ちなみにこの日は快晴です)

 

現在も噴火自体は多いですが、こんなに可愛い感じの噴火です。

 

鹿児島市内ではいろんな所で桜島が見えますが、その場所や季節で桜島や噴火の表情も違い、結構楽しめます。

 

次に「霧島」です。

秋は紅葉も綺麗で、温泉も多くある保養地です。特に「霧島神宮」は歴史も古く、毎年紅葉を見に行くがてら、参拝しております。

 

 

「吹上浜」

訪れたのが春だったので、誰もいませんでしたが、「潮干狩り」には最高です。また、海水浴でも人気のスポットで、初夏には毎年「砂の祭典」なる札幌の雪祭りに勝るとも劣らない催しが開催されています。

 

 

「平川動物園」

大人も子供も楽しめる施設です。目玉はやっぱり「ホワイトタイガー」です。鹿児島でも盛り上がったベビーの誕生でしたが、残念ながら昼寝中で写真は撮れませんでした。

 

 

「かごしまいおワールド」

鹿児島市民に愛されている水族館で、「いお」とは鹿児島弁で「魚」を意味しております。錦江湾にも生息しているイルカも良いですが、「いおワールド」のイルカショーは一見ありです。

 

と、言いながらも肝心のイルカショーの写真がありませんでした。すみません・・・。

 

最後に鹿児島の夜の楽園 「天文館」 です。

と・・・、ここも本当は写真付きで詳しくご紹介したいのですが、天文館に関しては今後、来鹿された方々に直接ご案内させて頂きたいと思いますので、今回は敢えて控えさせて頂きます。

鹿児島に住んで5年になりますが、美しい自然も多く、美味しい食べ物や美味しい焼酎もいっぱいあり、日々楽しんでおります。機会がありましたら、ぜひ鹿児島へお越し下さい。お越し頂いた際には、美味しいランチと・・・、そして楽しく、深い夜の「天文館」へご案内させて頂きたいと思います。

最後に鹿児島市の夜景です。私一押しの場所からの風景です。

この度、ご指名を頂きましたアイティーシー株式会社東関東支店齊藤です。

さて、何を書こうかと迷いましたが、ここ2年ぐらい実家の大分県に帰った夏の帰省を書きます。家族構成(嫁、長女4年生、次女1年生)の4人で車を使い帰っています。

走行距離1200kmを泊まり無しで帰省しました。各サービスエリアを仮眠、休憩して約18時間のドライブです。ドライバーは私1人で、嫁は免許を持っていません。

 

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(すみません。ナビタイムを使用して地図をコピー致しました。)

いつもは、仕事が終わって夜12時に出発そこから高速に乗って果てしない旅に出ます。

夜の車は、ほとんどがトラックなのでゆっくりと安全運転をして100kmぐらい走るとサービスエリアで休憩し、また次のサービスエリアを目指す事を繰り返して向かいます。

最近のサービスエリアは、色々充実しており下記にあるように温泉や宿泊施設、あと食べ物、遊ぶ場所、各県のお土産等の紹介があり、高速道路を降りてはいませんが、その土地に行った事があるかのように錯覚します。

 

【広島県 宮島SA下り】

去年の大河ドラマ 平清盛 右長女、左次女

 

【滋賀県 大津SA上り】

うっすらと琵琶湖

 

 

【岡山県 吉備SA】

きび団子が好きな子供のために寄りました

 

 

夕方の18時ぐらいには着いたり、着かなかったりですが体調と遊んだ時間で左右しますが、そこから夕食を食べます。

最初は運転に緊張して、帰ったら体中痛かったのですが、2回目以降は慣れてしまいました。今まで大人しく乗っている子供たちも大きくなりましたので、今年は大阪からフェリーで鹿児島を目指してそこから九州を渡り歩いて実家に帰ろうかなと考えております。(桜島を子供たちに見せたい為)

鹿児島に行ったら是非紹介してください。同期の寺島様、あと宜しくお願いします。